ライバル関係…

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『フクロウが来た ぽーのいる暮らし』本日発売……というけれど、友だちのご主人は昨日、すでに書店で手に入れて、帰りの電車で一気に読んだらしい。どうぞいろんな方に楽しんでもらえますように。

さて、うちには一人娘がいて、二年前に結婚して都内で暮らしている。もともと娘もぽーのことをかわいがり、散歩につれていったりしていたというのに、ああそれなのに、結婚して姓が変わったとたん、ぽーが豹変した。

たまにうちに遊びにくる娘を、ぽーが襲撃するのである。大問題。

私が娘のことを歓待する、その度合いが彼女の結婚を機に一段階高まったのだろう。それが、どうやらぽーの機嫌を損じたらしい。たまに来て私に歓待される娘は、ぽーのライバルなのだ。

今回は被害者である娘に、襲われる側から証言してもらった。

 

私はライバル?   石澤 麻子

母がぽーと暮らしはじめて4年になるが、一緒に暮らしていないわたしが知っていて、母が知らない瞬間がひとつだけある。ぽーの獲物になる、その瞬間だ。

はじめてそれが起きたとき、何が起きたかわからなかった。不意に後頭部に重みのある衝撃。硬く鋭利なものが当たる感触。一瞬あとにぽーが飛び去るのが見え、やっとその衝撃の元がぽーであり、頭皮に感じた硬いものは、あのするどい脚の爪だったということを知った。「痛い!」の声にすぐに母が駆けつけたけれども、ぽーはとっくにカーテンレールの上に立ち、知らん顔だ。

出血しているのではないかと、頭をまさぐったが、血は出ていない。それにしても、まるで居ないように静かに昼寝をしていたぽーが、いきなり蹴飛ばしに来るなんて! 最初は「接触事故」かと思ったけれど、2度目、3度目と蹴られるうちに、ぽーは母の目を盗んで、わたしを狙って蹴っているのだということがわかった。その1日のうちに7回も蹴られて、以来、実家のリビングは油断ならない「戦場」へと変わった。

実家の玄関から廊下を通ってリビングに入ると、ぽーはたいてい正面にある食器棚か、窓沿いのカーテンレールのうえにいる。歩を進めると、まん丸の目が、わたしを見つめる。真剣に見つめるその顔は真正面にわたしを捉え、体をかがめ、前のめりになる。

体をかがめるのは、飛びかかる準備だ。頭を低くしたまま、狙いを定めるように、じいっとわたしを目で追う。ほんとに飛ぶ瞬間には、勢いをつけるために、さらにもう少しグッと頭が下がる。そうして、立っていた場所を脚でグンと蹴り、翼を広げて飛び立つのだ。

わたしも少しは学んだ。少しでもこちらが目を逸らせば、ここぞとばかりにぽーは飛んでくる。だから、最初にぽーの頭が下がった瞬間から、にらみ合いが始まる。下手に動くと蹴られる。剣道家同士が互いに竹刀を構えたまま機を待って牽制し合うような緊張感が、ぽーとわたしの間に漂う。わたしはすり足でじわじわと壁際を目指す。部屋の空間の中心部がぽーの「制空権」の範囲で、低いところや壁際は比較的安全なのだ。わたしがソファで大人しくしている限りは、ぽーにも狙われない。

ぽーは、わたしの頭のやや上を狙う。猛禽類が獲物を狩るために飛びかかって組み伏せるというような感じではない。それよりは、通りがかりざまに蹴っ飛ばして飛び去っていくというスタイルだ。

ぽーがいよいよ痺れを切らして勢いよく飛び出す瞬間、今度はわたしがフッと頭を下げる。すると蹴りは空振りに終わり、ヤツはむなしく反対側のカーテンレールに飛んでいく。その間にわたしはササッとソファへ移動する。ひとたびソファにたどり着けば、防衛しきったわたしの「勝ち」だ。あとはそこにいる限り、リラックスできる。

ただし、ソファへの移動が遅ければ、ぽーは向こうのカーテンレールに着くなり、身を翻してタッチアンドゴーで再発進し、復路でわたしの後頭部を狙う。この切り返しが、実に素早い。それで結局、実家に半日いる間に何度も蹴られてしまうのだ。

先日、あまりにわたしが蹴られるので、母は見兼ねて、「これをかぶれば!」とキッチンからザルを持ち出してきた。ザルが中世の兵士の鎖かたびらのような防具に早変わりするわけだけれども、実家に帰ってリビングでザルを被って過ごすというのは、いかにもダサいのである。その姿を不思議そうに、また呑気そうにぽーが眺めるからなおダサい。

これからも、ぽーとわたしの戦いは続く。

 

『フクロウが来た』 できたあ

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ぽーとの暮らしを書いた『フクロウが来た』ができあがりました。心なしか、ぽーも自慢げであります。楽しく読んでいただけたら嬉しいです。筑摩書房より、定価1600円。

さて、この本の一部から……

 

【フリーフライトをさせるか、させないか】

ぽーを野外で飛ばせること、それは最初からのあこがれであったけれども、フリーフライトの訓練についていろいろ知るようになると、簡単には飛びつけなかった。餌の量を加減して、体重を安全に十パーセント落とすことなど、かなりの決断がいる。それを実行したとしても、野外でのフライトにはいくつもの危険がある。急な風、野生の猛禽との遭遇、大きな物音などで起きるパニック、その他、予想もつかない何かのせいで、放った鳥がロストとなったり、怪我をしたりすることはあり得る。

それでもやっぱり、野外でのびのびと飛ばせてやりたい気持ちは大きい。ぽーが木々をかすめるようにしてぐんぐんと高く飛び、大きな弧を描いて私の腕に降りたってくれたら、それは胸がすくような体験だろう。

リトルズーの仲間にその迷いを言うと、二通りの意見が戻ってくる。

「やってみればいいよ。大丈夫だよ、きっと。なにしろフリーフライトは気持ちいいからねえ。」

「鷹と違って、野生でもフクロウはそんなにいつも飛び回って生活しているわけじゃないんだから、無理することないよ。特に家の中がすっかりテリトリーになっているんだったら、それで十分だよ。」

確かにぽーは、自由にさせている時でも、気に入った場所に陣取ってじっとしている時間が圧倒的に長い。体つきから言っても、フクロウにとっては飛ぶことはある程度の負担のあることなのだろう。餌が足りている限り、無駄に飛び回ったりしないのはそれもあるだろう。テリトリーから出たがるようすもない。玄関のドアや庭に出る窓をすり抜けて外へ出ようとしたことは、(こちらが気をつけているからでもあるが)これまで一度もない。テリトリーの外を恐れる気持ちがあるのかもしれない。

フリーフライトをさせるか、させないか。その決断をする「けじめ」に、私は上野動物園に出かけた。動物園の大きなケージで飼育のプロに見守られて暮らすフクロウが、どれほど飛ぶか、飛ばないか、確かめておきたかったのだ。

ぽーの主なテリトリーである我が家のリビングと比べても、上野のウラルフクロウのケージはそれほど大きくなかった。ぽーは、幸せと思わなければいけないだろう。意気込んで動物園に乗り込んだ私は、長期戦を覚悟してケージの前に陣取り、二羽のウラルフクロウを眺めはじめた。メモ帳と鉛筆を用意しているが、書き留めるほどのことも起きない。注意力を維持するのが難しいほど、彼らは動かなかった。寝たり起きたりを繰り返しているが、同じ場所にじいっとしている。たまに体をぶるぶるっとふるわせたり、伸びをしたりするのはぽーと同じだ。目を離した隙に動くかもしれないから、とにかく見続けたが、ちっとも動かないので、じきに飽きてしまった。観察の大敵は、退屈とやぶ蚊と、それから飼育員のいぶかしげな目だった。

結局、三時間と十二分、見守ったけれども、ウラルフクロウは動かなかった。途中、飼育員が餌のマウスを置きに来た時、一瞬、ばたばたっと羽ばたいたけれども、それだけだった。動物園が閉園の時間になって、追い出された。

手厳しい友人は、もっと長時間観察しないと本当の結論は出せないんじゃないか、と意地悪を言うが、三時間十二分だって大変だったのだから、もういいことにしよう。

結論。フクロウはかなりじっとしている生き物だ。じっとしているのが、苦ではないらしい。テリトリーがある程度の広さに確保できているぽーは、それで満足していると考えていいだろう。フリーフライトは、少なくとも当面は考えないことにした。

 

ぽー失踪する?

ぽーは、日中はほとんど繋がれることもなく、自由に過ごしている。リビングのカーテンレールとシャープのアクオスがお気に入りの居場所だ。ぶんぶん飛び回り、いたずらしたり、私の肩や頭に乗って遊んだりすることもあるが、それはいっときのことで、あとは窓の外を眺めるか、寝てすごすか。基本、あまり動かない。動かない時は、見事なほどに静かだ。同じ部屋にいながら、私はぽーの存在を忘れることもある。そのくらい静か。

それでも時々、私がリビングを出ようとする瞬間を見定めて、お見事というタイミングで頭上に飛んできて、私と一緒にドアをすり抜けることがある。このタイミングの見計らいかたはたいしたものだ。しかも羽音を立てないから、まるで魔術のように、ぽーはドアをすり抜ける。

廊下に出るとその先は玄関と階段で、そのあたりは吹き抜けになっていて、高い位置に窓がある。玄関の床から4メートル、外の道路からは5メートルはあるだろうか。私の手が絶対に届かない場所だ。

ぽーはこの窓にとまると、道を行く人たちや、屋根の続く町の景色を飽きることなく眺め、数時間は降りてこない。8時間いすわったこともある。その間、うんちもしない。驚きの忍耐力である。だから、ぽーがいったんこの窓に上がったら、私は、しばらくは放っておくしかない、と腹をくくるわけだ。

その日も、高窓を見上げ、ぽーに声をかけようとして驚いた。いない。あれ?別の場所に移ったのか? どこかな? 私は「ぽー! ぽーちゃん!」と名を呼びながら、家の中を探し始めた。そんなに広い家ではないから、あっという間に全部回ったが、ぽーの姿がない。

そんな馬鹿な。いなくなるわけがない。ぽー! ぽー! いない。気配がない。家のどこにも動きを感じない。

ぞっとした。さっき私は郵便を受け取りに外に出た、あの時、私と一緒に玄関ドアをすり抜けたか? そういえば、洗濯物を取り込むのに、ベランダの窓を開けた。あの時? あ、宅配便も来たっけ? 段ボール箱を受け取っているとき、頭上を飛んでいった?気をつけていたはずだが……。 体温が下がったような気がした。まずい。口が渇く。

落ち着け!落ち着け! きっと家の中にいる。まだ探せる場所はある。ぽー!ぽーちゃん!せかせかと家中を歩き回った。

かすかな音を聞いた気がした。寝室からだ。単純な和室だから、いれば一目でわかるはずなんだが、さっき見た時はいなかった……。小走りで寝室に行く。物音を立てず、耳を澄ませて、緊張の中で、ぽー!と呼んでみる。

……チリン! ぽーの鈴の音だ!!!!

くぐもった鈴の音は、押し入れの中から聞こえてきた。私がきちんと閉めなかったふすまの隙間から入り込んで、ふとんの上で寝ていたんだろう。私の声を聞いて、ぽーは目を覚ましたらしい。ひょっこりと姿を現した。実にあどけない顔で。

ああ、びっくりした。ああ、良かった。ああ、脅かさないでよ!

ポケットからスマホを出して、記念写真を撮った。

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うんちとの闘い 2

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ある日、娘に留守番を頼んで外出したら、携帯電話が鳴った。家からだ。何気なく出ると、

「おかあさんっ!」

という娘の声が聞こえてきたが、それはかなりまずい調子の「おかあさんっ」だった。こういう切実な声で娘が「おかあさんっ」と言ったら、第一級の警戒警報発令だ。

「どうした?」

「ぽーちゃんが、カーテンレールの上でうんちをしちゃって!」

「へえ、珍しい。一度もレールではしたことがないのになあ。いいよ、おかあさんが帰ってから始末するから、そのままにしておいて」

カーテンレールであれ、どこであれ、うんちのことでこんな声を出すようでは、娘もまだまだ未熟者だなあ、と私は少しがっかりした。すると、私の声にかぶせるように、娘の余裕のない声が響いてきた。

「違うの! うんちが、たぶんテレビの後ろのコンセントに垂れて、それでなんか、ジイジイって音がする! たぶんショートしてるんだと思う! ああ、なんだか焦げ臭いにおいもする! どうしよう!」

「テレビのコンセントって、テレビ台の奥にあるよね。そこが見えてる?」

「ぎりぎり見えない。隙間が狭くて手も入れられないから、テレビ台を動かそうとしたけど、重すぎて、ぜんぜん動かないの。どうしよう! 火事になる! まだジイジイいい続けてる!」

口が乾いてきた。どうする?

「……そうだ、電源を落とそう。ブレーカーって知ってるよね? 洗面所のドアの上にずらっとスイッチがならんでいるの。すぐに行って、居間と書いてあるブレーカーだけ、切ってきて。さ、今すぐやって! 高いところにあるから椅子をもっていくんだよ!」

携帯電話の向こうから、どたばたと駆け回る音が聞こえ、やがて静かになった。

「おかあさん、終わった。」

「ブレーカー落として、変化あった?」

「うん、もう音もしない。焦げ臭いけど、さっきほどじゃないし。」

「ああ、よかった。」

「死ぬほど焦った……」

娘がパニックを起こしてテレビ台と格闘していた間、ぽーは、真上のカーテンレールに止まったまま、実に興味深そうに下を見降ろし、ジイジイと鳴っている音源を探し、娘の動きを観察していたという……

 

 

『フクロウが来た ―ぽーのいる暮らし―』(筑摩書房)の発売日が4月22日に決まりました!

うんちとの闘い1

自然なフクロウ育てを目指す私の奮闘は、何より糞との闘いだった。きれいごとではすまなかった。

粟や稗のような乾いた餌を食べる小鳥たちは、体に似合う小さな糞をして、その始末もそれほど大変なことではない場合も多い。けれども、ぽーは猛禽類で肉を餌とし、体も大きい。排泄物はそれなりの量があり水気も多い。尿は水分のほかにも白いトロリとした状態で出て、糞は黒くて柔らかい。排泄後、すぐにトイレットペーパーでふき取り、あとをウエットティッシュできれいにすればいいのだが、ふき取るのが遅れると、床にこびりついて乾き、白いしみが残る。例の臭い盲腸糞も一日一度はする。

その上、ひんぱんに糞をする。ついさっき掃除したばかりなのに、またする。リビングのあちこちにカバーをかけたり、古新聞で覆ったりしたが、布のカバーは汚れを落とすのが容易ではなくて、あまりいい方法ではなかった。落としきれない汚れが残っていると、かえって汚らしく見える。それから、古新聞を部屋中に広げてみたら、ばかばかしいほど落ち着かない気分になって、それもすぐにやめた。

腹を据えてまずは観察に努めた。時計を見ながら間隔をつかもうと考えたけれども、ちっとも一定ではなくて、あまり信用できる情報は得られなかった。まあ30分おきというのが平均的なところだろう。糞をする場所も、行き当たりばったりだ。犬猫のように、「ここがトイレよ」としつけることは、どうもできないようだ。

それでも、ぽーの動きをじっと見ているうちに、排泄の直前に後ずさりすることがわかった。すり足で、しずしずと15センチほども後ろへ下がる。重心の低い前かがみのその姿は、狂言役者のようでもある。納得した場所で止まると、脚をくいっと内股にして力をこめ、お尻を斜めに突き出して、糞をする。この排泄の前の後ずさりは、糞を巣の外に落とすためかと思ったけれども、巣穴の形状を考えるとそれはちょっと合わない。とりあえず今いる場所を汚すまい、ということなのだろうか。

餌を買いにリトルズーに行った折、ミワさんにその発見を告げると、

「そうなの、そうなの、後ずさりでわかるの。中にはどういうわけか、ずうっと、1メートル近く後ずさりする子もいて、『もうその辺でいいんじゃないの』って言いたくなるくらい。」

とベテランの笑みを浮かべた。

「そういうふうに後ずさりの長い子だと、あ、うんちするな、って気づくだけの時間があるわけだから、ぱっと古新聞とかティッシュとかを広げて、受け止める人もいるって聞いたよ。」

これはいいアイデアだ。ぽーはせいぜい15センチくらいしか後ずさりをしないが、そこに2~3秒の時間が生まれる。さっそく100円均一の店に行って親子丼用の鍋を買い、取っ手の角度をうまく調節して、「うんちキャッチャー」を作った。すぐ手のとどくところにその鍋を置いてぽーの動きに目を光らせ、あ、後ずさり、と気づいた瞬間に取っ手をつかみ、後ろからお尻の下に差し出せばいい。宮本武蔵ばりの早業が必要だが。

最初の一回は、私のあまりの迫力にぽーがすっかり驚いてしまって、確かに後ずさりしたのに、うんちも忘れてすたこらと逃げていってしまった。これに反省し、静かに素早く動くことを心がける。その結果、初めて成功した時は非常にうれしかった。鍋を拭って、トイレで洗い、いっちょ上がりである。たいへん清潔な対処法だ。

けれども、私もそんなに暇ではない。一日中そばで眺めていてぽーの後ずさりの瞬間を待つなどということができるわけもなく、このキャッチャーは結局3回しか使わなかった。3回成功した段階で、満足なのか諦めなのか、よくわからないけれども私の気がすんで、糞は気づいたら掃除する、というごく平凡なやり方でいくしかないという結論に達した。親子丼の鍋は燃えないゴミの日に出した。生産者の方には申し訳ない使い方であった。

 

次回は「うんちとの闘い 2」! お楽しみに。

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2013年春に生まれ、我が家にやってきたウラルモリフクロウのぽーをめぐるあれこれ。この4月に筑摩書房より『フクロウが来た ぽーのいる暮らし』が出版となります。どうぞよろしく。

ぽーと暮らして知ったこと

フクロウの子ぽーがうちに来てからもうすぐ4年。綿毛に包まれていたひな鳥がすっかり立派な成鳥になって、この家をテリトリーとしてのびのびと毎日を送っています。

朝、私が寝室から降りて来ると、階段の途中でもう、ぽーがぴちゅくちゅと鳴いて待っている声が聞こえはじめます。

ぽーとの暮らしで知ったたくさんのこと(雛のアヒル寝や懸命な飛行訓練、羽のとろりとした柔らかさやエサを食べるときのまなざし、ちょっと香ばしいようなぽーの匂い……)を、書いてみたくなって、書き始めたら後から後からわき出るようにたくさんの話がつながっていきました.。

それはたとえば、ぽーとはじめて会った日のこと……

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電話が鳴った。

「雛が届きましたよ。見に来ませんか」

何日もあんなに迷っていたのに、電話を切ったとたん、「飼わない」という決心が一瞬で固まった。雛を見には行こう、だが、見るだけで満足することにしよう。それが正解だ。

仲間内で「班長」と呼ばれて愛されている友人がいる。無欲と率直という貴重な組み合わせの個性の持ち主で、たとえば買い物に行った先で、連れが、ちょっと目をひく新奇な物を衝動買いしそうになると、「そんなん、いま欲しいだけで、明日になったらゴミになるわ。後悔するに決まってる。やめとき、やめとき」と冷や水を浴びせ、何度も友人たちを救ってきている。この班長に同行してもらって、カフェに行くことにした。こういう人選ができるようになった自分を褒めたい。

「ケーキセットでも、ランチでも、なんでもご馳走するから、私を止めてね。飼わないことに決めたんだから。雛かわいさに、もしうっかりふらふらしたら、どんなにひどいこと言ってもいいから、目を覚まさせて。」

「わかってる。大事な任務はぜったい忘れへんわ。フクロウなんか飼わんでええねん。シンプルな暮らしが一番やわ。」

「よろしくお願いします。」

こうしてストッパー同道で乗り込んだ私を、笑顔のミワさんはこっちこっちと手招きして、床に置いた段ボール箱を示した。しゃがんで覗き込むと、ところどころ糞で汚れた古新聞の上に立って、思い切り顔を上げて、真っ黒な目玉でひたと私を見た二羽のフクロウの雛たち。体格に大小があって、何日か違いで生まれたきょうだいたちかと思われた。大きいほうの雛が箱から出たがってしきりにばたつき、箱の側面めがけてジャンプを繰り返していた。その大騒ぎを避けて、ちびさんの方は隅できょとんとした顔をしておとなしくしている。

箱のそばのテーブルに陣取り、ちびっこたちを眺めていると、ミワさんがタオルを私の膝に広げ「どっちの子を見る?」と聞くので、やんちゃさに惹かれて「大きいほうの子」と答えた。

「大きいほうの子」は、そっと私の膝の上に置かれた。ぽっと温かさが伝わってきた。箱から出してもらってうれしいのか、すっかり落ち着いてちんまりと座り、あたりを見回し、私を見上げる。頭のぽわぽわとした産毛をなでると、とろりとした柔らかさが頼りないほどだ。しきりにぴいぴいと鳴く。

ミワさんが小さなガラスの器に餌のウズラ肉を入れ、ピンセットと一緒にもってきた。

「この鳴き方はちょうどお腹がすいてきているしるしだから、やってみて」

この店に出入りするようになって一年経つが、餌やりをさせてもらったことはない。かなりうれしい。

小指の爪ほどの大きさに切った肉片をピンセットでつまみ上げ、おそるおそるくちばしの前にもっていく。と、「大きいほうの子」は、なんの躊躇もなく口を大きく開け、その瞬間、目をつぶった。まぶたが閉じる寸前、その内側を、半透明の「瞬膜」が目頭から横にすっと眼球を覆った。そうやって薄目をつむって、「大きいほうの子」はあーむと肉片を受けとった。くちばしがピンセットの先もいっしょに銜え、コツっと軽いプラスチックのような感触が私の指に伝わってきた。そして、今度は思い切り大きく目を見開いて、私を見つめながら、待望の食事をごくりと飲み込んだ。

私のどこかでカチリとスイッチが入った。

ストッパーの班長のことばは、耳に入っていたような、いなかったような。確かな覚えがない。

帰り道、班長が穏やかな声で言った。

「ごめんね。ケーキセットご馳走になったけど、止められへんかったわ。かなりがんばったつもりやったけど、途中で、もうこれは無理やなと思ったわ。任務は失敗やった。……ていうか、もう止めんでええ、って感じやったよねえ。違う?」

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こんなふうに、フクロウのぽーとの暮らしのあれこれを書いていこうと思います。どうぞよろしく!次回は「うんちとの闘い」